[レポート]「 発達障害 」を知る(入門編)

今年も、「発達障害」の講演会に行ってきました。講師は、前回と同じ松岡太郎先生です。

みなさまの中には、身近に「 発達障害 」を持っているという方もいるのではないでしょうか?
では、その「 発達障害 」について、どれくらいご存知でしょうか?

今回は「 発達障害 」の入門編として、その特性や「 発達障害 」を持つ人との関わり方などがメインとなった講演会でした。その内容を、ピックアップしてまとめました。今回のレポートも長いです!

講師紹介

まずは、講師の松岡先生のご紹介です。
松岡先生は、現在豊中市保健所で所長を務めていらっしゃいます。その前は、市立豊中病院で小児科医をされていたそうです。専門は小児神経科。

小児科医として、発達障害をもつ子供とその親との数多くの関わりから学んだことを講演会を通じて教えてくださっています。とても軽快で、内容もわかりやすい先生です。何より、「子供が大好きなんだな。子供のことを本気で考えてくれているんだな。」と感じます。

豊中市保健所は、公式ツイッターも行なっています。健康に関する様々な情報を伝えてくれるのは、公式キャラクターの「とよなっカメ」です。

豊中市保健所公式ツイッター Tweet

「発達障害」とは何か?

まずは、「発達障害」がどういったものなのか?について。
ネット検索などをすれば出てくる「一般的な定義」などではなく、その「性質」といったところに焦点を当ててまとめていきます。

  1. 「発達障害」の要因
  2. 代表的な2つのタイプとその特性
    1. ADHD(注意欠陥多動性障害)
    2. ASD(自閉症スペクトラム障害)

ちなみに、松岡先生は「発達障害」には必ずカギ括(「」)をつけて説明されます。これは、「発達障害」は「生まれ持った特性」であり、特別なことではないということを強調するため、そして、「発達障害」という言葉そのものが、その特性を持つ人に生きづらさを与えているのでは、という問題提起的な意味合いも含めてこのように表記されています。このレポートでも、松岡先生の意思を尊重し、「発達障害」と括弧付きで表現していきます。

「発達障害」の要因

「発達障害」はなぜ起きるのでしょうか?

「発達障害」が起きる要因は、主に2つと考えられています。1つは、先天的なもので、2つ目は環境的なものと言われているそうです。そして、これらの要因がそれぞれ独立しているのではなく、お互いにある程度の相関性があると考えられています。

先天的要因

1つ目の要因は先天的なもの、恐らく「遺伝子」だと考えられています。つまり、「生まれた時から『発達障害』の特性を持っている」ということです。これは、どうすることもできないものです。

ちなみに、「遺伝子=親の遺伝子が悪い」という訳ではありません。
遺伝子というのは、「赤い花と白い花を掛け合わせて、ピンクの花になる」という単純なものではないからです。そもそも、「『発達障害』の遺伝子」というものが存在するのかさえ、まだ解明されていないのではないでしょうか?むしろ、様々な遺伝情報の組み合わせ、「発達障害」に関連する遺伝子の相互作用によって、「発達障害」の特性が出てくると考える方が自然な気もします。

また、「発達障害」と診断される人の割合は、30年近くの間に1%から10数%へ増えたと言われているそうです。これは、「『発達障害』の要因が先天的(遺伝的)である」と言うには少々疑問の残る数字です。つまり、「遺伝情報は簡単には変わらない(変えられない)」という前提があるのです。

この「発達障害」の診断結果を受けた人の割合が増えた背景には、「『発達障害』と診断する基準が変わった」ことが大きいと考えられています。つまり、「どこで線引きするのか?」のによって、「発達障害」を持つ人の数は変化するということです。これが、「発達障害」の基準が不明瞭なため、「グレーゾーン」と呼ばれる人がいるという状況につながっています。「健常者」と「発達障害」の境界線は非常に曖昧で、「全ての人が『発達障害』を持っていていると考えて接する必要がある」と松岡先生は伝えていました。

そして、「発達障害」は、先天的なものよりも、むしろ、次にお伝えする「環境的要因の方が影響力が大きい」と考える専門家もいるようです。

環境的要因

「発達障害」を生み出す要因として、大きな影響があると考えられているのが環境的要因です。これは、「発達障害」の特性を持つ人に対して、「どのように声をかけ、接したのか?」「どのような環境で育ったのか?」「どんな経験をし、なのを学習したのか?」など、「生まれた後に起こったあらゆること」を含んでいます。

ちなみに、「環境的要因だけで『発達障害』が起こることもあるのか?」という疑問を持つ方もいるのではないでしょうか?その疑問に対する答えは、「環境的要因だけは『発達障害』は起こらない」と認識するほうが正しいようです。
戦争孤児やネグレクト、育児放棄をはじめとする児童虐待によって、「『発達障害』に似ている」特徴が現れるという報告があるそうです。しかし、それらの特徴は、「発達障害」の特徴が現れる条件が決まっていたり、その条件を取り除くなど環境を変えることで改善されたそうです。これは、「典型的な『発達障害』と持つ人」に比べると明らかに違う点であり、環境的要因だけで「発達障害」になるとは言い難いという結論になります。「発達障害」は、先天的だからこそ、環境を変えてもその特性が消えることはないという訳です。

同時に、「発達障害」を持つ人に対する接し方(環境的要因)の違いで、「発達障害」の特性のあわられ方や、「発達障害」を持つ人が感じる「生きづらさ」が大きく変わってくると言えるようです。

2つの要因は相関関係にある

「発達障害」を引き起こす先天的要因と環境的要因を見ていくと、その2つの要因には相関関係があるようにみえませんか?実際、この2つは互いに影響し合うそうです。

松岡先生が経験した事例のほとんどが、「児童が困った行動をとった時、その親が言葉や態度などで『虐待(子供に悪く作用する働きかけ)』するために、児童の問題行動が継続あるいは悪化する」ものだったそうです。

先天的な「発達障害」の影響が本来は少なかったとしても、環境によって「発達障害」の特性が現れる。そのタイミングに不適切な対応を受けたために、さらにその特性が強くなる。すると、もっと不適切な対応が増える…その連続で「負のスパイラル」が出来上がり、本人やその周りの人を含めて「辛い」と感じる状況になってしまうことがよくあるそうです。そして、松岡先生自身は、「発達障害」や子育て全般に対する理解や対応も含めてた社会的風潮も、「発達障害」の診断数を増やしているのではないか?と考えているそうです。

代表的な2つの「発達障害」のタイプとその特性

「発達障害」と言っても、実はその特性によって、いくつかのタイプに分けられているそうです。そこで、講演会では代表的なタイプとして、「ADHD(注意欠陥多動性障害)」と「ASD(自閉症スペクトラム障害)」について紹介していました。ちなみに、それぞれの特性を「コンピュータの機能」に例えてくださり、わかりやすかったです。

ADHD(注意欠陥多動性障害)

大人のADHD」といった大々的な啓発運動もあったので、聞いたことがあるという方も多いと思います。これは、「ちょっとマウスを動かすと、画面上のマウスポインターが大きく動いてしまう(感度が良すぎる)コンピューター」だそうです。つまり、ADHDの人は、少しの刺激に対して過剰に反応してしまうそうです。

また、ADHDには次の3つの特徴があるそうです。

  1. 多動性(じっとできない)
  2. 衝動性(我慢できない)
  3. 不注意(忘れっぽい、時間を守れない)

これらのうち、多動性と衝動性は成人するにつれてある程度コントロールができるようになるそうです。ただし、完全に抑えることはできず、「貧乏ゆすり」や「ペン回し」などの行動に現れる傾向があるようです。また、ある程度の男女差も見られるそうです。そして、不注意に関してはあまり改善せず、また男女差もあまり見られないようです。不注意は、大人になってもコントロールしにくい特性なのです。

その他の特徴としては、周囲から注意・叱責を受ける機会が多いため「自尊心が低い」ということ。深刻な場合には、「うつ病」「行為障害(反社会的行動を繰り返す)」「パーソナリティー障害」といった状況にある人もいるそうです。

また、いわゆる「お祭り男」なのもADHDの特徴だそうです。頼りにされたり、おだてられると、喜んで張り切るというノリの良い性格も特徴だそうです。

ADHDには、治療薬もあり、服用によってかなりの改善が見込めるそうです。ただし、「ADHDそのものが無くなることはない」ことは理解する必要があります。ADHDの特性を落ち着かせるには、継続して服用するという選択肢以外にも、服用中に成功体験を積み「飲まなくてもいい状況にする努力」も有効だそうです。

「坊っちゃん」はADHD!?

ところで、夏目漱石の代表作の1つに「坊っちゃん」という小説があります。松岡先生によると、この小説の主人公「坊っちゃん」はADHDである可能性が非常に高いそうです。それと同時に、「夏目漱石のADHDに関する深い知識や理解を表した作品」と表現していました。では、その「坊っちゃん」、一体どんな人物として描かれているのでしょうか?少し紹介します。

  • 子供の頃から無鉄砲:これはADHDの特性の1つ「衝動性」が現れています
  • 親からは「どうせロクなものにはならない」「行く先が案じられる」「貴様はダメだ」と言われ、自尊心が育ちにくい環境にありました
  • 「ダメだ」と言われても、何がダメなのかわからない:抽象的な表現を理解しにくいというのも「発達障害」の特性です

他にも、作品全体を通して「坊っちゃん」がADHDであることを示唆する表現が多く出てきます。詳細は割愛させていただきますが、ぜひ、目を通してくださいね。

ASD(自閉症スペクトラム障害)

ASD(自閉症スペクトラム障害)も、ハリウッド映画などでよく起用され、ご存知の方も多いのではないでしょうか。このタイプの人は「他の大多数の人とは違う感性・感覚を持っている」ことが特徴です。コンピューターに例えるなら「Windowsばかりの環境で、1人Macを使っている」といった感じです。WindowsもMacも、コンピューターとしては非常に性能がいいのですが、得意分野が違います。また、「互換性が悪い」ために、少々不便なことがあるのです。

ASDの大きな特徴は「特別な認知特性」があります。そして、この特性は一生変わらないという点でも、ADHDとは異なります。また、この「特別な認知特性」は知能とは関係がありません。そのため、知能レベルにかかわらず、ある特定の分野に関しては非常に敏感です。
TVなどで紹介されたものだと、「年号」や「航空写真の描写」「ルービックキューブ」「暗算スピード」などがあります。これらは、ある特定の対象にだけ非常に興味を示し、「ハマると抜け出せない」という状況です。ちなみに、この特性の背景には、「感覚過敏・鈍麻」があるそうです。ASDの方は、脳に入ってきた感覚的信号の処理方法に大きな偏りがあるそうなのです。

このように、「発達障害」と言っても、タイプによって特性が違います。そのため、どのように対応していくかを考える時には、「発達障害への対応」と考えるのではなく、「どんな特性を持っているのか?」を理解した上で考える必要がありそうです。

「発達障害」かな?と感じたら

では、もしも身近な人や家族に「『発達障害』かな?」と思われる人がいる場合、どうすればいいのでしょう?本人との関係によっても変わりますが、今回は「保護者として」何ができるのかという視点を中心に紹介させていただきます。

小児科あるいは専門医の受診

子供の特性を早く理解することが、適切な対応方法を見つけるポイントです。

我が子が「発達障害」であると診断されることは、親によってはなかなか受け入れにくいそうです。その原因の1つが「正しい情報や知識がない」ということ。「発達障害」についての正しい知識を身につければ、「発達障害」であることは特に大きな問題ではありません。それよりも、正しい知識がないまま不適切な対応を続け、状態を悪化させてしまうことが問題です。

「困った行動」を分析する

子供が困った行動をしたとき、思わず叱ってしまうのはよくあることです。
そんな時こそ冷静に、「いつ、どんな時にその行動をとるのか?(行動のきっかけ)」を観察しましょう。大抵の場合は、「パターン(規則性)」があるそうです。

子供の行動を分析し、理解することは、解決策を見つけるきっかけになります。
困った行動の分析と併せて行いたいのが、子供が「興味のあること」「好きなこと」「落ち着くこと」なども観察して見つけてみてください。

伝え方を考える

そして、「発達障害」の方には伝え方も大切です。

  1. 視覚的:「発達障害」の方は、聴覚が弱いことが多いそうです。「言って伝える」よりも「見せて伝える」と伝わりやすいそうです。
  2. 具体的:「ちゃんとやって」「普通にして」と抽象的なことを理解するのが苦手な「発達障害」の方。そんな時は、具体的に数字や図を見せたりすると理解しやすいようです。「どんな状態が『ちゃんと』なのか」を具体的に伝えることです。
  3. 肯定的:これには2つの理由があります。1つは、日本語は否定語が文末にすることが多い(「〜してはいけない。」といった表現)のですが、「発達障害」の人は「最後まで聞いていられない」方がほとんどです。してはいけないことを伝えるなら、していいこと・してほしいことを伝える方が早いのです。もう一つの理由は、「自尊心を養うため」です。「発達障害」の関わらず、人は否定的なことばかりを聞いていると自分の人格や存在そのものを否定されているような気持ちになってきます。肯定的に伝えることで、「あなたのことを認めています・尊重しています」というメッセージを送ることも大切なのです。
  4. 穏やかに:「大事なことほど、落ち着いて伝える」ということです。特に、「発達障害」の方はすぐに興味の対象が変わります。感情的に伝えると、「どうしておこっているのか?」「声がうるさい」といった、話の内容以外のことが気になってしまうのです。

集団との付き合い方を考える

「発達障害」を持つ人が、集団の中に生きる意義とは、何でしょうか?
集団生活を送る必要性はあるのでしょうか?

「人間である以上、集団の中で生きることは大切」と、松岡先生は仰っていました。集団の中で生きることは、「発達障害」を持つ方には大変なことも多い反面、集団を通してしか経験できない楽しいこともあるのです。何よりも、「自分を受け入れてくる、支えてくれる人がいる」「ひとりじゃない」と思えることは、「発達障害」の方にみならず、大切な感覚だと思います。

ただし、「集団が辛い」と感じる「発達障害」の方は多いです。ですから、「何がなんでも集団生活」とこだわる必要はありません、「本人が落ち着いている時」に本人の希望に合わせて集団の中にいてもらうことが大切だそうです。

親として、ブレない

「発達障害」の有無に関わらず、子どもというのは自分の状況や社会での立ち位置がわからず絶えず不安を感じているそうです。「自分が何者なのか?」を模索しているとも言えます。

例えば、病院で自分の病気のことを伝えられた時、子どもは「自分は病気なんだ」と理解できても、「どんな病気なのか?」「程度はどれくらいなのか?」といったことまでは理解できないそうです。そんな時、自分のことを理解するために子どもは「親の反応」を見て自分の状況を判断するそうです。

親が落ち着いていれば、たとえ重症でも子どもは落ち着いているそうです。反対に、すぐに治る病気や怪我でも、親がパニックになると、子どももそれ以上にパニックになってしまうそうです。

ですから、まずは親が「どんな親であるのか?」を考え、ブレないことが大切なのだそうです。そして、できれば2人、親としての存在がいると子どもはより安定するそうです。親としての存在は、実際の親でなくても、近所の中のいい人や園の先生といった人でもいいそうです。「子どもにとって、身近な存在」という意味の親であればいいそうです。

「発達障害」は生まれ持った特性

「『発達障害』はその人の『特性』である」と、松岡先生は度々伝えていました。
確かに、遺伝的要因による「認知特性」という方がしっくりきます。ただ、「認知」という言葉そのものも、一般的には理解されていない言葉です。そのため、目に見える状態だけを指して「発達障害」と誤解を招く表現が生まれたのかも知れません。厚生労働省のウェブサイトでさえ、「発達障害は、生まれつき脳の発達が通常と違っている」と説明されているだけです。これでは、「発達障害」に対する理解はもちろん、社会的・公共的福祉環境の充実はありえないようにも思います。

重要なのは「『発達障害』があるか?ないか?」という発想ではありません。
「すべての人が『発達障害』をもっている」と考えて、集団生活や対人コミュニケーションのあり方を考えることが大切なのです。「『発達障害』との付き合い方」といった特別なことではないのです。

「大切なのは、人としての関わり合いが基本だということ(松岡先生)」です。
「こうしてあげたい」「私ならこうしてほしい」ではなく、相手を観察し、理解して、相手が心地いいと感じるようす接するということです。その根底には、「相手を認め、尊重する」ということがあるのです。

講演会の感想

今回も、とても楽しく分かりやすかったです。また参加して、レポートしたいと思います。

人は、生まれてからの発達過程において、いくつかの特徴的な発達があります。例えば、つかまり立ち、発音、自我の芽生えといったものです。今の社会は、こういった発達が「普通」よりも少し遅れているだけで、「発達障害」と言われてしまいう傾向にあるようです。何でもかんでも数字にして比べたがるようです(数字や数学が完全でないにも関わらず)。その結果、多くの人は「人と違う」ということに怯え、あるいは、「他者とは違う自分」を認めたがらないように感じています。

松岡先生の講演には、「発達が普通よりも遅れている」だったり、「脳の機能障害」といった話は一切ありません。それよりも、「発達障害」は「生まれ持った特性」であり、「特性の理解=相手を理解すること」が、各課題の改善及び負担軽減に必要不可欠ということを教えてくれました。

その根底にあるのは、「相手を尊重し、自尊心を育む」ということを本当に大切なことと考え、日々の生活の中で自尊心を育むヒントを伝えてくれているように感じました。松岡先生も、ブレない大人です。

Life 4 Othersでも、松岡先生同様、自尊心(ありのままの自分を受け入れる感情)は人が自身の人生に幸せを感じて生きるために必要な要素だと考えています。なぜなら、自尊心の中に自己肯定感(自分自身を肯定的に認める感情)が含まれているからです。Life 4 Othersが掲げる「自己肯定感を育てる」という目的(VISION)の先には「自尊心を育てる」というさらに大きな目的があります。

しかし、自尊心や自己肯定感を育てたいと思っても、「正しい育て方」はありません。

それでも、自分と相手の違いを理解し、尊重することは可能です。
そうやって「考える」ことを「実行に移すこと」はできるのです。

とても長い記事となりましたが、「発達障害」という視点だけではなく、「人としての関わり」「自分のあり方」として、みなさま自身や周りとの関係を考えるきっかけになれば幸いです。

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